葬儀社が父の寝床を整えてくれている。
その間に台所で膳の用意。母と仲がいい近所のおばさんがお団子をつくりに来てくれた。
母は彼女を見るなり、はじめて声を上げて泣いた。
父の寝床のセッティングが一通りおわり、葬儀社と打ち合わせにはいる。名刺から、担当は店長だ。
当方は全くの未経験であり、全く知識がない我々にとっては何を聞けばいいのかすら判らないのだが、
取り敢えず気になっていた日程のことから詰めていくことになる。
木曜日が友引で火葬場が休みとなるため、明日通夜・明後日本葬とするか、木曜通夜・金曜本葬とするか。
周知の時間を考慮すると当然後者が妥当なのだが、遺体の保管は大丈夫なのか。
そういったことを一通り相談し、結果後者として仮組みをお願いした。
お世話になっている住職が枕経をあげに来てくれた。
祖父のころからの縁で、約20年前から毎月お経をあげに来てくれている住職。
大柄で威圧感のある住職が全く驚いた様子を隠さず親身に読経してくれた。
町内会長に挨拶へ。葬儀委員長と受付等の手伝いの手配をお願いしに上がる。
以前市議会議員を務めていた人とは認識していたが、初対面。しかし頼れる人物で安心した。
母が買い物に出るというと叔父が俺が行ってくるか?というので、
いや、自分が行ってくると伝え、やっと一人になる。
スーパーへの道すがら、初めて涙がこみ上げてくる。なんだよ今日は、父さん、と。
悲しみや怒りというより、やりきれない気持ちで一杯だった。
晩、口があいた酒パックを叔父に注ぎながら、パックの閉じ口に「正」の字を発見する。
この3リットル弱の紙パックに毎日正の字を刻みながら呑んでいたのか、と気づくと、
叔父は笑いながら「俺もやってるんだよな」と。
親父のエピソードを色々と聞く。
夜中、縁者がやってきたが、ダサすぎて使いたくない言葉だがまさにKYすぎて、父の枕元で全く関係ない話を延々と続ける縁者に辟易し、叔父には申し訳ないがと断り、中座して床についた。
しかし、頭は覚醒したままで、3時前に縁者が帰ったのもハッキリ覚えている。
その夜は結局眠りの底につくことはできず、まどろみながら朝を迎えた。