2011年12月30日金曜日

北の国から 83 冬

BSフジで年末特番として4夜連続「北の国から」SPを放映している。
表題の、最初のSPを観た。
すべてリルタイムで見ているが、話の細部までは記憶しているわけはないので、補間する感覚での視聴。
あらすじはこんなカンジ(Amazonより)
純の同級生であった正吉が家出のあげく黒板家に居候することに。どうやら母・みどりとの確執が原因らしい。五郎に正吉を預けてみどりは去るが、実は借金を作って逃げており、知らぬ間に五郎が連帯保証人となっていた。その頃、かつて豆景気で一山当てながらも女と東京へ去っていた松吉老人が突然帰郷してくる。富良野は大騒ぎとなり、彼が五郎の借金の肩代わりを申し出るが…。
この話の核であるみどりの借用書に連帯保証人として五郎のサインがあるが、これが一体いつどこで書かれたものなのかが全く説明がないため、疑問符が浮かびっぱなしだった。
東京のおもちゃ屋のシーン、草太兄ちゃんに吹かれるチン毛届けの件、蛍の「イヤーーーーッ!」、笹野高史の妙な髪型、女満別からの年賀状、などなど、懐かしいシーン満載で楽しめた。
しかしなにより、預けられてしまう正吉が切なくてやるせなくて。本当に上手な役者さんだ。とうに引退されているようで、10年前にこのような記録が残されていた。


  北の国から 83 冬 [DVD]


TBSラジオdigに倉本聰が出演し、「北の国から」の2011年を語っている。

正吉と蛍の夫婦はいわき市に住んでいて、正吉は津波の犠牲に(!)、蛍は海をつれて富良野に帰っているそうだ。

2011年12月17日土曜日

友人


自分は友人はクラスメイト・バンドメイト・部活仲間・飲み仲間それぞれ同等に思っているけれど、相手は自分のことをどう思っているのかわからないし確かめようとも思わない。
しかし、最近、ある人を通して、自分のことが分類されていることに気付き、じゃあ自分はどうなんだろう?と思い始めた。

整理と記録のために、上京前の記憶を綴る。オチはない。



小学校低学年のころ、父が家を建て、転校することになった。
いつもいっしょに遊んでいたマッキーやいっちゃんと別れることとなり、泣いた。
見送りにも来てくれ、夏休みになったら遊びに来るよと約束して立った。
転校してクラスに手紙を送った。翌月、担任名でクラス全員からの手紙が届いた。
その中に、親友と思っていた彼らからの手紙も入っていたが、最近はこんな遊びをしていますといった報告レベルで、あの重い別離はなんだったのかという感。
同時に、新しい学校に馴染むために毎日張り切っていた自分のテンションからすれば、むしろ不要に思えたのかもしれない。結局夏休みに訪れることもなく、今に至るまで彼らには会っていない。

転校した小学校に在籍する間に、近隣に小学校が新設され、一年で転校することになった。
たった一年だったが、ヨシという親友ができた。自分と同じくお笑いと音楽が好きで、ザ・ベストテン、当時始まったお笑いスター誕生やThe Manzaiなどテレビの話で盛り上がった。天理教徒で、夏休みに奈良にいったとかで(今思えばおぢばがえり)、小遣いを沢山もらったからゲーセンにいこうよ、と誘ってくれた。自分は数百円しか持っていなく、ゲーム自体も下手だったのですぐそこを付いた。すると、一休さんのトラの屏風のような柄の長財布から小銭を気前よく振舞ってくれた。彼とはその後中学・高校と一緒で、部活が違ったので行動が一緒ではなかったが、音楽の趣味は相変わらずで、高3のときは一緒に文化祭でデュオを組んでステージにたった。自分は進学、彼は地元で就職、帰省したときに会う仲だったが、やはり地元に残った同級生たちとの付き合いのほうが深く、精神的な距離を感じるようになった。母から突然彼の話を聞かされ、驚いた。バイトの娘と一緒に勤め先をバックれ、名古屋に行った、と。その後の彼の消息は判らない。10年ほど前、とある同級生SNSに登録したときに彼の名前を見つけ、いきおいメッセージを送ったが返事はなく、そのSNS自体も運営が変わってしまい、自分もアクセスすることはなくなってしまった。

小5ではいった新設校には、2つの小学校から移ってきたために、勢力分布みたいな雰囲気が当初あったが、自分がかき回すことによってそういうものがなくなった。小6のころは別のクラスで調子こいてる奴らとも仲良くなり、自分もそれなりに目立つ存在だったかとおもう。その中でも一番つるんでいたのがてっつぁん。彼は万能タイプで、アニメの見方を教えてくれたヤツだ、オタクな意味で。ガンダムを知らなかった俺に数千円の設定集を貸してくれたり、アニメージュやアニメイト、ふぁんろ~どにOUTなども。サブカルの洗礼は彼に受けたわけだ。もちろんオタクという言葉が出る前のはなし。中学にあがるときに、学区が異なるため、離れてしまった。中一の運動会に遊びにいって戯れたが、それ以降は連絡をとることもなく。中3になって彼が校内で暴れ、高校に進学できなくなったと親から聞いたときは気が滅入った。札幌に転居し、一浪して私立高に入り、早稲田に進学、舞踏家になったというところまで親から聞いてる。検索しても古い情報しか見当たらないので消息はつかめないが、いつか会えるんじゃないかなと思っている。

中学で一番付き合いが深かったのはキヨテルとサトミ。サトミは小から一緒で多趣味、ジャッキーチェンマニアで鍛えてる奴だったが、当時珍しかったルアーを集めていたり、クールスRCとナイアガラ関連が好きだったり、漫画のコレクターだったり。キヨテルは高校でも一緒だったが、高校に入るなりツッパリ方面に行き距離を取られるようになってしまうものの、高2で他校生とやりあって以来ツッパリ仲間からハブにされ戻ってきたヤツ。彼らとは中2・3のころは毎日毎日音楽の話をしていた。彼らは兄がいて、そこから回ってくるものも沢山あった。

中1のクラスメイト・マルちゃんも凄かった、家に遊びに行ったら、鴨居にレコードのタスキがずらっと画鋲で止めてあった。スターリン「虫」のピクチャLPが立てかけてあった。勉強机の一番下を引き出すと、EPがズラッ、移民の歌のシングルをかけながら「ブロディ!」みたいな。同時にアイドルオタでもあった。高校で別れたが、市内のYou&愛でバイトをしていて、一枚借りるとスタンプカードに全部押してくれたりした。バービーボーイズのライブも一緒に観に行った。20代前半は地元のツタヤにいたが、その後見かけなくなった。

中高6年間とある部に所属していた。6年間一緒だったのがさーちゃん。彼は部長を勤め、俺は万年ヒラだった。おそらく一番一緒にいた中であり、高校3年間はほぼ毎日一緒に下校したが、親友というより部活での仲間という気持ちのほうがお互い強かったとおもう。5年間一緒だったエビちゃんも同じく。彼らには親友がいたしね。

高校のころ一番一緒にいたのはサイトウちゃん。彼は農家の息子で、家の手伝い=バイトであり、懐は潤沢。レコードをバンバン買っていてその度にダビングしてプレゼントしてくれた。彼はYMOから入ったやつで、幸宏やムーンライダース関連などを。同じくらい戯れていたのはチャケ。音楽のつながりもあったが、釣りやスキーにいったりしていた。彼らも部の仲間同様に各々親友がいたので、仲のいいクラスメイトという感じか。