11日。日取りを決定し、段取りなども決定する。
葬儀社の担当者が、母の所属するコーラスの同僚の息子で、その同僚さんは父と同業だったので面識があったそうで、それもあってか懇切丁寧に事細かく説明してくれたので、不安は払拭された。
母に「あんた、ピアノ弾いてよ」と。
直接俺を褒めることは一度もなかったのだが、母には「よくあんなに指が動くな」とよく言っていたらしい。
なにを弾けばいいのか…迷ったが、
即興でアメイジング・グレイスを弾く。
父が弾いていて覚えたモーツァルトの331やベートーヴェンの月光を弾く。
父が我流でピアノを覚えた人なので、俺も習わないでやってきたんだ。
その他、ピアノの上にある楽譜をひっくりかえしては弾いてみた。
電話で坊さんに「父さんのエピソードをFAXしてくれるかい?」と頼まれる。
12日。
朝刊を見て驚いた。父と同業者の訃報だった。
母に聞くと、糖尿で闘病していたらしいとのことだったが、こんなタイミングでと驚くしか無かった。
納棺の儀式。といっても、棺に入れるわけではなく、身支度を整える儀式。
俺は納棺師にことわって、全部を見届けた。
湯灌の残りは、姉と一緒に庭に撒いた。来年は花が楽しみだな
文章をなんとかまとめて、お寺にFAX。
13日。仮通夜
坊さんが当方の文章を読んだ上での法話、涙が堪えられなくなる。
夜、HDRに録画されていたマイ・フェア・レディをつける。3時間程の映画だったことを忘れていたw
14日、納棺・出棺
棺が玄関から入ってきた。金糸が編みこまれた白い布にくるまれた棺は輝いて見えた。
すっかり硬くなった父を棺に収める。
棺が部屋から出なさそうだったので、サッシを一枚外す。
出棺。
父が外出するときはベランダからというのが習慣だった。だから、今日もベランダから出ていくんだからまた帰ってくるんだよな、と葬儀社の車に収まる棺を眺めながら思った。
そして葬儀場に向かわなければいけない。戸締りは全部していくから、と皆を送り、外したサッシを付け直して、全部鍵を確認、和室に戻ると父は当然もういない。急に嗚咽がこみ上げ、誰もいない家の中でひとり、座布団に顔を押し当て、大声で泣いた。張り詰めていた気持ちを吐き出すべく、泣いた。
葬儀場に到着すると、子どもたちが到着していた。同時に、親戚一同が集まっていてくれた。ひとしきり挨拶を終えて、喪主席に着席しようとしたころ、ネクタイを忘れたことに気がつく。近所にコンビニもないので、慌てて車を飛ばして帰宅、その間奇跡的に信号に一度も引っかからず、家では香典を届けに来た郵便局員にも会え、隣の家のおばさんには手伝いに来てくれてる旦那の数珠を届けるよう言付かり(苦笑)、なんやかんやでどうにか間に合った。
葬儀場入り口脇に、父が撮影した鳥の写真やピノキュラーなど愛用品がディスプレイされて、ちょっとお洒落なギャラリー的雰囲気に仕上げてくれている。
そして、通夜法要がはじまった。
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